☆ハルカの日記帳☆
ここは、ハルカの日頃の出来事を皆さんに紹介するための日記帳・・・の過去ログです。
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よかったら読んでいってね♪

2001年02月10日(土)

蓋が開かない
[2001年2月8日(木)]

夕方、サンクスで弁当を買い、レポートを仕上げるために学校に向かった。

サンクスでは弁当の他に、サラダも買う。 野菜不足だし・・・。

で、サンクスのサラダは、ドレッシングを別に買わなければならない。 数種類の味のドレッシングから選べるので、考え方によっては親切なのだが、別に20円とか30円とかを払わないといけないのがなんか嫌だ。

さて、学校で弁当を食べ終わってサラダを食べようと思い、友達としゃべりながらサラダのドレッシングを開けようとしていた。

10分。 いやそれ以上か? 友達としゃべりながら、僕はずっとそのドレッシングを開けるために必死。 開かないんだよー、ドレッシングの蓋が・・・(涙)

サンクスのドレッシングは、コーヒーを頼んだら付いてくるフレッシュのような入れ物に入っている。 その蓋がめくれないんです・・・(涙)

友達:「まだ開けへんの?(苦笑)」
僕:「うん・・・(涙)」

友達に渡すと、根性で開けてくれた(^^;

おかげでサラダが食べられたわけだが、ひとりだったらサラダが食べられなかったのでは・・・(大汗)

他のコンビニのやつだと、サラダに最初からドレッシングが付いていて、指でつまむとパキッって中央で割れて簡単にかけられる物が付いていますよね。 サンクスもあれにしてくれたらいいのに。。。








2001年02月04日(日)

事故った〜(友人が)
[2001年2月3日(土)]

TeXクラブの集合が昼にあり、それが終わってから友人と洗車をしにいきました。

もう2ヶ月くらい洗車に行ってない。 寒いし、なんだかんだ言って忙しいし。 車も毎晩の凍結で汚いこと(^^; 天気も良かったし、久しぶりに洗車に行けるのでちょっと楽しみでした。

ところが、僕が前を走り、友人の車が僕の後ろを走って洗車場に向かったのですが、途中で後ろの友人の車が突然姿を消しました。 ちょうど路面電車が走っていたので、それに引っかかったのだと思っていました。 高知の道は1車線。 僕の後ろは車はいません。

僕は洗車場に先に着き、洗車カードを買って友人が到着するのを待っていました。 しかし、なかなか来ない。 5分、いや10分くらいでしょうか。 遅いので、途中でガソリンでも入れているのかとも思いました。

でも、いくら何でも遅い。 僕の後ろにいたのが突然いなくなって、他の車も追従してこない。 イヤな予感がしていました。 電話をすると、慌てた雰囲気だったので、運転中かと思いすぐ切ろうとしましたが、答えは「事故ったー」でした。

事故現場は洗車場からすぐ近く。 大至急引き返しました。 事故現場の横に駐車場があり、そこに待機しているというのでそこに行くと、3台の車とその運転手3名が警察を待っていました。 とりあえず怪我がなかったようなので一安心。

事故の内容はこうです。
登場人物は友人、Aさん、Bさんとします。

道は対向で1車線ずつ。 その道で、40キロ制限の道から50キロ制限の道に切り替わる継ぎ目があり、友人がアクセルを踏んで加速し始めました。 対向車線は渋滞。 対向車線の車は停止していた状態です。

友人から見て右手に信号のない脇道があり、そこからAさんは友人が走っていた車線に出ようとしていましたが、渋滞の車が停止していたので出られません。 しかし、対向車線で停止していた車が、Aさんを通してあげようとバックをして道を譲りました。 Aさんはその人にお礼をしながら友人が走っている車線に入ろうとしました。 しかし、バックしてくれた運転手にお礼をしながら右折をしていたので、左方の確認を怠っていました。

ちょうどそこに、加速し始めた友人の車がきて、急ブレーキを踏んだが間に合わずにAさんの車の側面にズドン!

友人の車は大きな乗用車。 Aさんの車は軽自動車で、衝突した衝撃で飛ばされ、対向車線で停止していたBさんの車(さっきバックしてくれた車の後ろの車)に反対の側面からズドン!

友人の車は本当に頑丈で、見た目ではフロントバンパーがちょっと歪んだだけ、自走可。 Aさんの軽自動車はガラスが割れ、両側面ベコンベコンでドアが正常に開け閉めできない状態、エンジンはかかるが自走不可。 Bさんの車はフロントの方向指示器が破損、自走可。
合計3台を巻き込んだ複合事故でした。

そして困ったことに、Aさんはかなりの高齢で、しかも耳が不自由で会話が出来ない。 だから全然話が進まない。 同居人がいるらしいが、やはり耳が不自由で電話がない。 他の親戚などがいるか聞いても、まともな答えが返ってこない。

警察が来て、免許証やら、自賠責保険やら、任意保険やらの確認をし始めた。

が、Aさんの任意保険の証明用紙が見あたらない。 ある保険会社で過去に加入していた形跡があるのだが、その証明用紙は1,2年前で期限が切れている。 Aさんに直接聞いても、なんにもわかっていない。 状況も理解できていない。 そんな状況。

Aさんが自動車を購入した会社や、過去に加入していた保険会社などに問い合わせたが、結局Aさんは任意保険に加入していないことが判明した。

普通は、保険会社同士で話を進めてくれ、ことが進む。 しかしひとりでも任意保険に加入していない場合は、事故の過失割合や責任(車の修理代など)を保険会社で決めて貰うことが出来なくなり、どうしようもない。 自賠責保険は強制保険なので入っているが、物損事故なので一切意味がない。

けが人がいない場合の事故は警察は関わらないそうで、早々と引き上げてしまった。

もう話はグチャグチャ。 未知の世界に突入。 友人とBさんで、行動を起こさなくてはどうにもならない。 Aさんの車は自走不可能。 とりあえずAさんの車の購入会社に電話をしてJAFを要請。

細かいあとの話はもう書くのがしんどいから省きます。

一端、3人の書名と、自動車メーカーの人と僕(第三者)の立ち会いの元、話を決めましたが、非常にややこしい。

この後どうなるかはわかりません・・・。

この友人たちの事故で学んだことは、
・事故っても警察はなにも面倒を見てくれない。
・完全に停止していても事故に巻き込まれることが本当にある。
・車はどれだけブレーキを踏んでも止まらない(友人談)
・任意保険には何が何でも加入していないとダメ!
・そして、事故は突然起こる。

今回の事故、僕が前を走り、友人が後ろを走っていたから、友人が事故に巻き込まれた。 僕はこの事故には全く関係ない。 しかし、もし友人が前を走り、僕が後ろを走っていたとしたら・・・僕が事故に巻き込まれていたかもしれない。








2001年02月04日(日)

テスト終了・春休み
[2001年2月2日(金)]

やっと4クオーターのテストが終わり、授業も全て終了しました。
日記帳、だいぶサボっちゃったなー。 でも、勉強してたし、書くネタがあんまり無かったんだけど。

1月は随分学校に泊まり込みの日が多かったけど、テストもそこそこ手応えがあったし、2年の締めくくりとしてはよかったかな。。。

9日提出期限のレポートがまだ一つ残ってるけど、実質的にはもう春休み。 明日から何をしようかな。。。 人生最後の春休みだもの。 来年の春休みはもっと忙しくなるだろうし。

スノボー行きたいな〜。 車検どうしよう。 オーディオも手を加えたいし。 TeXのバイトもかなり大変そうだし。

スケジュールでも立てるかな・・・。








2001年01月27日(土)

指切り
[2001年1月25日(木)]

明日は論理回路のテスト。 夜中に学校にこもって勉強するため、授業が終わった昼過ぎからずっと寝ていた。

夕方7時をまわった頃、電話が鳴った。 寝ぼけ声で電話に出ると、Tくんが、
「指切りして嘘をついて針を飲まされたから助けて欲しい」
とは言わず、
「外科の救急病院、このへんで知らん?」
と聞いてきた。 ただ事ではないと思い、ビックリして僕は目を覚ました。

僕:「一体どうしたんだ?」
T君:「指を切ってしまって30分経っても血が止まらんねん。」
僕:「はぁーっ!?!?!? なにやってんねん! 早く救急車呼ばんかい!」
T君:「やっぱ呼んだ方がいいんかなぁ。」
僕:「どこを切ったんだ?」
T君:「人差し指の第二関節のあたり。」

僕はこの瞬間、指をブッツリ切断してしまったのかと思った。 なかなか良い尋ね方が思い浮かばない。

僕:「それって、指はくっついてるのか? 手とくっついてる? ちぎれちゃったの?」
T君:「大丈夫、一応指は動くから。 でも、腕がだんだん青くなってきて、冷たくなってきてる。 寒くて震えが止まらないねん。」
僕:「そうか。 とりあえず止血方法を教えてあげるから、止血して! (以下省略)。」

しかし、僕の知っている指の止血方法は、あまりにも電話で伝えにくかった(汗) しかも、かなり痛いらしくて、指の回りは押したくないらしい。 直接圧迫止血もこの状況では無理だった。
本人の電話の声から状況を伺い、まだしばらくは大丈夫だろうと判断し、これからの行動を考え伝えた。

僕:「とりあえず待っとけ! すぐにそっちに行ってやるから。 こっちで病院を調べたら時間がかかるから、とりあえず消防署に行こう。 保険証だけ用意しておいてよ。」

救急車を呼ぶという手段を使わないなら、1分でも早くに知り合いが駆けつけてあげるに限る。 そうすれば多少は落ち着くもんだし。

大急ぎで服を着て、車を走らせた。 T君のアパートに向かっている途中、電話が鳴った。 何か自体が急変したのかと思い、仕方なく電話に出る。

Tくん:「まだ? 今どこ?」

僕は救急車じゃない(汗) 寝起きだったわけだし、そんなにすぐには着けない。 だから「救急車呼んだら?」って言ったのに。。。 そんなことを思ったら、彼のアパート前に着いていた。

僕:「いま着いたから降りてこ〜い。」

しばらくすると、指をティッシュでグルグル巻きにした友人がアパートから出てきた。 車のドアを開けてやり、車に乗せる。

僕:「大丈夫か?」
T君:「なんとか・・・。 血が止まらん。」
僕:「ティッシュより、きれいな布とかの方がいいんだけど。。。」
T君:「今日、洗濯したばっかりで何にもなかった・・・。」
僕:「なんてタイミングの悪い(^^;」

とりあえず、土佐山田消防署に車をぶっ飛ばす。 飛ばしすぎて、あわや通り過ごすところだった(汗)

消防署に到着して、とりあえず署の受付の人(?)に事情を手短に話し、救急病院を聞いた。 すると、隣町の南国か野市に行かないとないらしい。 おおよその場所を聞いたのだが、地図をみないとよくわからない。

消防署:「どうします? 救急でいきますか? それとも病院の場所を教えましょうか? ただ、外来で行っても診察して貰えないことがありますよ。」

そんなことを言われたら、「救急でお願いします。」としか答えようがない(^^; 自分たちで行って、最初の病院で「診てあげないよ〜ん!」って言われたら、別の病院に行かなくてはならない。 いくつもの病院の地図を瞬時に頭にたたき込めるほど利口ではない。
「じゃぁ、救急でお願いします。」
ブザーが鳴り、中から救急隊員3名が出てきた。

T君の受け答えが割合ハッキリしているので隊員たちの行動はゆっくりだったが、それでも、手慣れた手つきでテキパキと準備をする。 グルグル巻きのティッシュを地面に落とし、きれいなガーゼを強めに巻いて応急処置を施している。(あとでゴミは拾えよー!) 血圧も測る。

ティッシュを外した瞬間、真っ赤な血が大量に見えた。 あの鮮やかさは、動脈までいってるんじゃない?(汗) キズが見えた瞬間、驚いた。 メチャクチャ深そう・・・(大汗)

その間に、僕は隊員のひとりと、向かう先の病院を話し合った。 南国か野市か。 どちらも距離はあまり変わらないらしい。 南国の方が場所がわかりやすそうだったので、そちらに向かって貰うことにした。

僕も救急車に乗ってみたかったけど、同乗していくと帰りがタクシーになってしまい高くつくので、救急車の後ろを追いかけることにした。でも、「だめ〜!」って言われた。 「救急車は赤信号でも進むので、ついていかないでください。」って(笑)

なんでも、救急車が走り出してから無線などで病院に連絡をし、受け入れてくれるかどうかを確認するらしい。 受け入れ先の病院が決定したら、無線で署に連絡が届き、その連絡を確認して僕が出発するという流れ。

救急車が出発したあと、車の中の地図を引っ張り出して、病院の場所を確認した。 それから、T君が連絡をしていたもうひとりの友人に電話をして状況説明をした。

5〜10分くらいすると、署の受付の人に呼ばれた。 南国の病院に決まったと。 早速、友人と車2台で病院に向かった。

病院へ着くと、T君は位置口を入ったところの急患受付の前にある待合室に座っていました。 到着して、指を巻いているガーゼを変えてそれからずっと待たされてるとか。。。

結構待って、呼び出しがかかり、診察室に入っていった。 そして、かなりの時間が経過・・・。 待合室でまっていた僕と、ほかの友人2人は「随分長いなぁ、縫ってるのかなぁ。」と話していた。

しばらくして、T君が出てきた。左の人差し指は相変わらず白いガーゼでぐるぐる巻き。 結局、縫っていたそうです。 麻酔が痛かったと騒いでいました。

診察代は、T君の持ち金だけでは足りず、すこしカンパしてあげました。 そのとき、明細を見せて貰いましたが、数針縫うだけでも「手術」ってなってました。

後で聞くと、カッターナイフで切ったらしい。 ちょっとしか刃を出していなかったらしいが、それでもブッスリいってしまったらしい。。。

刃物の取り扱いには気を付けましょう。。。

レイ -4-

僕も中学生の頃カッターナイフでぶっすり指切ったことが
あります。切った感触ではあんま深くないな〜と思って
いたら血はだらだら状態。止まる気配全くなし。しか〜し
僕はバンソウコウ貼って気合で直しました(^^)
今思うと恐ろしい・・・病院行くべきでした(笑)
2001年01月28日(日)01時08分








2001年01月24日(水)

給料日
[2001年1月23日(火)]

TeXクラブマニュアル作成のバイト代を頂きました。

なんとビックリ! 僕の想像を超越した額を頂き、ウハウハでした(笑)

頑張った甲斐があったなぁ。。。 また春休みも頑張ろーっと(^^/








2001年01月24日(水)

チュペッチュの初ライブ
[2001年1月21日(日)]

チュペッチュのライブへ誘われたので行って来ました。

チュペッチュっていうのは、僕の大学の友人たちが始めたスピッツのコピーバンドです。 昨年末からライブをやると聴いていたのだけど、色々都合があって、今日まで延び延びになっていました。

会場は、バックステージっていう高知市内に近いところ。 僕も初めて行く会場でした。

写真撮影を頼まれていたので、カメラを準備して向かいました。 ライブハウスでの撮影は数回したことがあるけど、照明設備が良くないライブハウスだと、暗くて撮影がしにくいのです。 また、初めて行くライブハウスだと、どこにポジションを撮れば全員を撮影できるかどうかすぐに判断しないといけないので、難しいんですよねぇ。 できるだけストロボ撮影はしたくないし。。。

ライブが始まりました。 以前の学祭ライブのときはドラマーがいなくってドラムマシンだったけど、今回はドラマーが加わって、なかなかいい感じのバンドスタイルになってきた気がします。 アコギのきみ! 上手くなってたね〜♪

全体的にやっぱ緊張気味かなーって気がするんで、どんどんライブの数をこなして、ステージ慣れしてください。 まだまだ伸びるよ、うん(^o^)

チュペッチュのライブは開演の1バンド目。 2バンド目は・・・ドラマーのワンマンショーですか?(爆) ギター兼ボーカル下手すぎ、ベーシストは引いてるけど棒立ち。 ドラマーは滅茶苦茶上手すぎ! 3バンド目が始まる直前、そこのドラマーが気が付いた。「おーい、ドラムが破れてる(汗)」 ドラムに穴が空くほど叩いてたんですねぇ(^^;

3バンド目はギターが上手すぎ! かなりヤバイっすよ。 頭のネジが3本くらいぶっ飛んでるんじゃぁ??(汗) ボーカルも凄かった。 第一声で度肝を抜かれた。。。 ネコみたいな声(苦笑) 最初、ボーカルにエフェクターでも使ってるのかと思ったけど、MCのときに地声だと言うことが発覚!

4バンド目はベーシスト上手すぎ! バンド全体がよくまとまっていて、なかなかいい感じでした。

写真は、春休み明けくらいには渡せると思います。 真ん中の柱が邪魔で撮りにくかったんだけど、何とか撮れていると思うので楽しみにしておいてください☆

チュペッチュ
http://www.simcommunity.com/sc/cools/chuppechu_bass

ナッティ -1-

ベースわぁ?うまかった?そこんとこよく聞きたい!
2001年01月24日(水)16時58分

ベルゲン(大和魂) -1-

ご指名ありがとうございます!「アコギのきみ」ですぅ!
ボクの“高速スパイダー”(3曲目)はどうだった?
2001年01月24日(水)17時07分

さとみ -1-
ありがとう!!
写真ありがとう!
ハルカのカメラの慣れた扱いにビックリ!
写真、楽しみにしておきます。

次のライブは音はずさないようにするぞ!!

Vo.さとみ
2001年01月25日(木)21時47分








2001年01月24日(水)

TeX culb manual Ver. 3.0 遂に完成!
[2001年1月20日(土)]

遂に、「TeX culb manual Ver. 3.0」が完成し、今日の部員の集まりのときにみんなに配りました。

TeX culb manualっていうのは、我がTeX(テフ)クラブで使う、決まり事などが書かれたマニュアルのことです。

昨年末に作成の計画を立て始め、目次を作り、正月は何も取りかかれず、結局本格的に作業に取り組み始めたのは今年、高知に戻ってきてからだったでしょうか。

それから昨日までのおよそ2週間は地獄でした。 学校で無ければ作業がなかなか進まないので、毎日、アパートに帰ってこれるのが早いときで深夜2時。 ほとんどが深夜(明け方?)の4時でした。 学校から出て駐車場に向かうと、車がシャーベットになっていて、15分くらいは凍結が溶けるまで走り出せないし。

しばらく日記帳を書いていなかったのはこのためです。

このマニュアル作成がどれだけ大変かは、実際に作成した人しかわからないと思うし、マニュアル自体を見たことがない人にはさっぱり予想がつかないと思うけど、TeXのことを知っている人なら多少はわかって貰えると思う。

完成したマニュアルは、A4用紙に全46ページ+目次3ページ+表紙。 もちろん全てTeXで作成し、パソコンの設定やインストールの方法を記すところは、パソコンの画面をキャプチャーしてTeXに張り付け。

いつもの数学のワークブックを作成する作業は、原稿が渡されるから簡単だけど、今回のマニュアル作成の作業は自分で文章を書かないといけないし、どういう項目を書くかも自分で取捨選択しないとならなかったので、恐ろしく大変な作業でした。

顧問曰く、「このマニュアルをみてわからない部員はクビだ!」って(笑) それほど完成度の高い、初めての人でもわかるようなマニュアル、いや1冊の本に仕上がったわけです(喜)

しかし、部員に配って10分後、早々のミスが発見されてショック(涙) まぁ、間違いがあるだろうことはわかっていたとはいえ。。。 早速、Ver.3.01ができたのでした(^^;

ハルカ -214-
打ち上げ 〜新年会&追い出し&新入生歓迎〜
[2001年1月20日(土)]

夕方、TeXクラブで打ち上げに行きました。

4年生の2人がTeXクラブを引退するというので、追い出しコンパ。 1年生が計5名入部してきたので、新入生歓迎コンパ。 そして、新年会。 全部ひっくるめた打ち上げです。

天気が悪く、今日の打ち上げの場所はワインをおいていなかったので、僕は運転手をすることに決定。 昼にみんなで集まったときに送迎の希望を聞くと、みんなが手を挙げる。 そんなに乗れん(汗)

1年生5名と友人1名を寮の前まで迎えに来て、打ち上げに向かう。 今日の打ち上げは、TeXクラブ始まって以来の、女性が参加する打ち上げ。 1年生で2人、女性が入部したからね。

最初で最後かもしれない、TeXクラブの集合写真を撮りました。

で、今回の打ち上げはどうもみんなおかしい。 なんかハイテンションで。。。 誰だ、深皿で日本酒を飲みだしたのは!?

今までに例のない、半分くらいのメンバーが飲み過ぎで故障(^^; 帰りの送迎が大変。 僕が車を出してなかったら、みんな家にたどり着かなかったんじゃぁ?(爆) 車の中で吐かれても困るんで、時速20Kmで、ハザードを出しながら走りました。 みんなの酔いを醒ますため窓を開けて車を走らせました。 乗ってるみんなは、丁度いい風だったそうですが・・・僕は飲んでないから寒い寒い(^^;
2001年01月24日(水)04時27分








2001年01月24日(水)

カギ探し
[2001年1月19日(金)]

TeXクラブマニュアルが完成目前、夕方6時から友人をひとり呼び、以前から頼んでいた目次の作成を手伝って貰いました。

3ページの目次が完成したのは深夜0時をまわっていたでしょうか。 1/100mm単位で微調整をし、完成しました。

そして、印刷を開始。20部ほどの作成だったのですぐに終わり、巨大ホッチキスで製本、1冊の本となりました。 終わったのが1時半くらいかな。

いつの間にか同じ学科の友人が2人、暇だからと言って学校に遊びに来ていました。 なぜかサッカーボールを蹴りながら・・・。

今までの作業で疲れていて、今日は早く帰りいと思っていたので、製本が終わってすぐに家路につきました。 が・・・。

しばらくボールを蹴っていなかった僕らは、どういうわけかナイター設備のない深夜のグランドへ行き、サッカーを始めたのでした(^^;

それが大きな間違いの始まり!

30分くらいボールを蹴り、その後2台の車に分かれて乗って、帰り道にあるサンクスへ向かいました。 僕が弁当を買って外に出ると、既に二人の姿はなく、「うわー、先に帰りやがったー(苦笑)」とか思いつつ、車に乗り込みアパートへ向かいました。

すると、対向車線から猛スピードで走ってくる車を発見。 すれ違うときにパッシングされビックリ! ん? さっきの友人の乗ってる車じゃないの(笑)

なんだと思い、降りて話を聞くと、ひとりがカギを落としたという。 アパートのカギ、自転車のカギ、もろもろを付けたキーケースごと落としたらしい。

とりあえず、車の中を探し、学校に戻って数学研究室の中を探し、明かりのあるところは探した。 わー、最悪! 絶対にグランドだ〜(汗)

僕と友人のひとりは、車でグランドへ向かう。 カギを落とした本人はグランドまでさっき歩いた道をもう一度歩く。

グランドは真っ暗。 ボールも見えないくらいの暗さ。 それで、友人が落としたのは黒のキーケース。 最悪じゃないっすかー(涙)

僕らは、車のヘッドライトがどうにかしてグランドに当てられないものかと学校の回りを走るが、柵や気に拒まれてムリっぽい。

しかし、1箇所、車高の高い僕の車なら何とか乗り入れられそうな場所を発見した。 芝生の小高い山を乗り越えれば、グランドが一望できる場所。 ここに車で乗り込めば、ヘッドライトが十分に届くが、そんなことをして誰かに見つかったら大目玉を喰らう。

とりあえず、車を乗り入れることを諦めて、降りてグランドへ向かい、カギを探す。 しかし!! 全く見えない。 ダメ、全然ダメ! 暗くてなんにも見えない。 落とした本人は半泣き状態(^^;

僕は決心して、車を乗り入れた。 ちょうど友人が走り回っていた場所のあたりをヘッドライトで照らす。 かなり明るい! これなら見つかりそうだ。

後から、話を聞いた友人がもうひとり駆けつけてくれた。 僕は、学校の警備員に懐中電灯を借りに行った。 巨大な懐中電灯を3本貸してくれた。 さすがは警備用、メチャ明るい!

懐中電灯とヘッドライトを頼りに探し回り、やっとの事で見つけることができました。

ホントに、人騒がせな奴だ!!(汗) おかげで、今日も結局アパートに戻れたのは深夜の4時でした。。。








2001年01月09日(火)

KUTセレモニー
今年初めての学校へ行って来ました。

学校に行くなり、滅多にかからない放送がかかり、「教職員ならびに学生は昼休みに外の広場へ集まってください。」だって。 この寒い、そして雨が今にも降りそうってな日に・・・。

21世紀の始まりを祝い、これからもガンバローッっていう気合い入れのため(?)の集会のようです。 理事長と、橋本知事の話があり、その途中で「環境に優しい紙風船」なんて書かれたヘリウム入りのひも付き風船が100個配られました。 そして、爆竹係(←すごい言い方だけど、司会者がそう言ってた)の合図で一斉に放す!

あーぁ、世界中にゴミをばらまいてしまいました・・・(苦笑)








2001年01月09日(火)

成人式
[2001年1月8日(月)]

一生に一度の成人式。 ハッピーマンデー法により、15日でなくなった成人の日。 それが今日。

前日に中学時代の友人とメールで連絡を取り、「明日は一緒に行こう」ということになった。 もう1名、後から増えて、計3名。

午後1時、阿倍野区役所の2階のホールで執り行われるので、待ち合わせは友人の家に12時30分。 友人宅にたどりついて家に上がると、玄関には靴だらけ。 こりゃ自分の革靴がどれだかわからなくなるぞぉ(汗) 一体何人集まってるんじゃ〜!?

当初3人のはずが、いつの間にか結局10人以上集まってきた(汗) 息苦しい・・・(^^;

なぜか、阿倍野区民以外の隣の区の友人が数人いる。 君たち、阿倍野区の成人式はでれないでしょ!(汗)

そんなわけで出発。 みんなで区役所に歩きながら、昔話に花咲かす。 何年も会ってなくてもみんな仲良し♪

区役所の近くに行けば、もう区役所の入り口は人で溢れかえっていた。

男子校を見続けている僕にとって、晴れ着姿の人が全体のおよそ半分を占める群の彩りの鮮やかさにかなり驚いた。 最近は女の子もスーツで来るのかなと思っていた僕は、体内事典を修正(^^;

近づいてみれば、あちらこちらに懐かしい面影。 中学の友達が多いけど、高校時代に通っていた自習室の友達にも会えました。

もう開演5分前だというのに、全然人が中に入っていかない。 どういうことだろう?

群を押し分け、受付にたどり着き、用紙に名前と住所を書く。 すると、隣の区に住んでいる友人が僕の住所をカンニング! 番地の数字だけ架空のものに変更して、記念品を貰う悪人でした(汗)

2階のホールへ上がると、既に椅子は満席状態。 こりゃ立ち見だな(^^; 前を見ると、旧友たちがあちらこちらに。 近づいて話をしていると、式が始まった。

僕は、後ろの方へ戻り、静かに立ち見。 舞台で演説する人の話を聞く・・・聞く・・・聞く・・・だーっ聞こえん!!(笑)

マイクを通しての話し声さえも、集まった二十歳どもの雑音のおかげで、聞こうとしても聞こえない。 なんてS/N比が低いんだろう(苦笑)

式の途中で、中学時代の友人がくす玉を割る係りになっていると噂に聞いていた。 そして、くす玉を割る! っと、割れないっ!(汗) やっと割れました。 こりゃ、いい年になりそうだ(爆)

なんとか式が終わり、その後に2部でビンゴゲームをやるという。 ほとんどの人が帰るのかと思いきや、3分の2くらいは残っていた。 みんな、タダで貰える景品には目がないらしい(苦笑)

景品は、DVDプレーヤーや、テレビ、ビデオ、折り畳み自転車などの豪華賞品。 そんなわけでビンゴゲームが始まった。

僕の出だしは最悪。 全然穴が空かない。 隣の友人はどんどん空いてるのに。。。

しばらくすると、ビンゴになった人が現れた。 司会者が一つ数字を言う毎に、少しずつビンゴになる人数が増え、舞台に上がっていく。

あれ? 景品が手渡されてる。 ひょっとして、持ち帰りなの!? 振り袖の女の子がテレビが欲しいって言ったら、持って帰れないじゃないっすかー(爆)

高価な商品から順番に無くなっていく。 うー、悔しい(涙) ビデオとか貰えたら、親の店で売るのに(苦笑)

しばらくすると、中学の友人が現れ、折り畳み自転車を取っていった。 ブーイングの嵐(笑) 壇上から降りて、箱詰めして貰っていた。 「乗って帰れよ〜」って言ったら、「今日は自転車で来てるねん」だって。 箱に入れたところで、どうやって持って帰るんだよ〜?(爆)

かなりの数字が言われた頃、調子の良かった隣の友人を抜いてビンゴ! 早速舞台へ走る。 景品は? 残りの雑魚景品は、何なのかわからない。 セレッソ大阪のペアチケットとかあったけど、大阪いないし〜。 お? ひげ剃りがあるじゃん! 最後の一つの電気製品をGET!! それも、今使っているのもよりも高級品! 今のひげ剃りが壊れかけだったので、かなりうれしかった☆

そして、2部とも無事に終了。。。

式が終わってからも、みんなおしゃべりが止まらない。 外で写真を撮る。 僕も負けじと写真を撮る。

集合写真なんぞ撮りたいなーと思い、手当たり次第、中学の友人に声をかけて、端の方に集まって貰い、写真を撮った。 すると、あちらこちらからニュゥ〜〜っと腕が伸びてきて、「このカメラでも撮って!」「これでもよろしく!」って・・・。

教会でいつもやっていることなので慣れてはいるのだけど、みんなバラバラにインスタントカメラを地面に置いて元の位置に戻っていくので、どれが誰のカメラだかわからなくなる(^^; 写真は撮ってあげるけど、迷子のカメラの責任はとれないから勝手に自分のカメラ探してくれー!(爆汗)

その後、自習室の友人が同じように集まって写真を撮った。 残念ながら、成人式には来ていたのにその時に居場所が分からず、写ることが出来なかった人、ごめんね。。。

懐かしい女友達たちが、こちらに近づいてくる。 みんな化粧と晴れ着で化けてしまって、中学の頃のブサイクはどこへやら?(苦笑) 昔から美人だった人は、一層美人になってるしねー。 女性っていうのは、ホントに化けるのが上手い(^^;

僕がひとりずつ指さして、まるでクイズをしているかのように名前を当てていく。 3人当てて、4人目。 そこで・・・、ハプニング!!

僕:「おまえ誰や!?(汗)」
某女性:「えー、ウソやろ(笑)」
僕:「いや、マジでわからんぞ、誰や? ホントに同じ中学の人?」
某女性:「うそー! マジで? あんた最悪! 最低!」
僕:「え゙〜、名前教えてよ!」
某女性:「イヤ! 絶対イヤ〜! もう忘れときー(怒)」

と言って、過ぎ去っていった・・・(大汗) あー、電子手帳に卒業生全員の個人データを記入している僕が覚えてないだと〜(^^; そのとき、確かに聞き覚えのある声だったのだが、いくら顔を見ても僕のデータベースと一致しないかったのだ。 キレイになりすぎていて、マジで誰だかわかりませんでした。 ゴメンナサイ(涙) いま冷静になって考えてみれば、あれは○○さんの声だったと思う。 それなら、あの美人顔もわかる気がする。 もしこの日記を見ていたらカキコしておくれ(大汗)

楽しい時間は過ぎるのが早い。 だいぶ人数も減り、そろそろ僕らも家に帰ろうと友人たちと話す。 それからが長かったりもする(笑) でもまぁ、その場にいる、しばらく会えなくなるだろう友人たちに別れの挨拶をした。

そして、さぁみんなでこれから家に帰る・・・んじゃないの? なんでマクドナルドなの?(爆)

なぜか僕らは、区役所の向かいにあるマクドナルドに向かったのでした(笑) 行けば、まぁそこでも別の友人が溜まってたりして、写真撮ったりして。。。 もちろん食事もしました。 スーパーバリューセットを頼んだのに、普通のバリューセットを渡されたりして、「間違えてますよー」なんて店員さんに言ったり。。。

それから、明け方に集合した友人宅に遊びに行きました。

すると!!!!
朝来たときの倍くらいの靴・靴・靴! 玄関が溢れかえってる(爆汗) 当然、家の中も溢れかえっていた(^^;

2階に上がると、足の踏み場に困るほど人・人・人! よくもまぁ、こんなに集まったもんだ・・・。 懐かしいゲームをしてる人やら、トランプをしている人やら、最新の住所や電話番号を聞き出して電子手帳に登録しているひとやら(微笑) うーん、酸欠になりそう(^^;

さて、みんなのメールアドレスもわかったことだし、そろそろ帰ろう! 僕は今晩9時のフェリーで高知に向かう予定だったので、皆に「またな〜」って言って家に帰りました。

ハルカ -210-
成人式の後
[2001年1月8日(月)]

家に帰ってから大忙し!

今日中に大阪の行きつけのラボにフィルムを現像して貰って高知に持って帰りたかったし、荷物をまとめなくちゃならないし、イズミヤにズボンの裾揚げを頼んだのを取りに行かなくてはならないし。。。

帰る時間までに現像が終わらないといけないので、真っ先にスーツを着替えてラボへフィルムを持っていく。 帰ってきたら荷物をまとめる。

実は、朝から喉が痛くて体調がすぐれなかったため、かなりキツイ。 ややオーバーヒート気味だけど、明日は実験。 全体に休めない!

1時間ほど経ったのでラボへ写真を取りに行く。 もう一度家に戻ってきて、荷物を車に詰め込んで、食事をしに父の店に向かった。

店の前に車を置いて、先にイズミヤに向かう。 ズボンを貰って、店に戻る。

食事をしている間に、写真を親に見せた。 そこで・・・。

1本のフィルムが、最初の1枚しか写っていなかったのだ(大汗) おかしい、なんでだ!? スノボーに行ったときからカメラに入っていたフィルムで、すばらしい雪景色が写っているはずのフィルムに何も写ってない(涙) それより!! そのフィルムの後半に写っているはずの成人式のときに撮った前半の写真が全部写ってなかった(大涙) ショックで何もやる気がなくなった・・・。 大人数で撮った集合写真は、フィルムを変えてから撮ったのでちゃんと撮れてはいたけど、最初の写真が。。。 はぁ・・・。 僕の写真に期待していたみなさん、本当にごめんなさい・・・。 原因はおそらくフィルムがちゃんと爪に引っかかっていなくて巻き上げられていなかったのだと思う。 今まで、数回こういうことがあったけど、今回は凄いショックです(激涙)

船に乗り込んでから、携帯で何人かにメールを送ったら、みんなカラオケにいるみたいで・・・。 あー、僕もみんなと遊びに行きたかったなぁ。。。
2001年01月11日(木)01時14分








2001年01月09日(火)

里帰り&スキーorスノボー旅行
[2001年1月2日(水)〜2001年1月5日(金)]

後で書きます。

とか言って、今はもう3月中旬。 誰も読んでくれないかも(^^; でも、なかなか無い経験談だと思うから読んで!

家族で母方の実家、福島県郡山にある田舎に行きました。

あ、福島県って、どこにあるかわかりますよね? 東北ですよ。

早朝、飛行機で大阪を飛び立ち福島へ。

福島では、祖父と祖母が迎えてくれ、20歳のお祝いにと、駅前のホテルですばらしい食事をごちそうになりました。

夕方、家族でゲレンデにタクシーで向かいました。
どうやら雪が降ってくるという天気予報。 タクシーを予約して、時刻を待ちました。

目的地は当然ゲレンデ前のホテル。 タクシーは、当然タイヤチェーンを持ってくるだろうと思っていたのに・・・(汗)

僕:「チェーン、持ってきました?」
運転手:「そぉんなのぉー積んでねぇ〜。 大ぃ丈夫大丈夫、こ〜のくらいの雪ならぁー、チェーンなしで何とかすんだ〜。(郡山弁で)」
僕:「・・・(汗)」

しばらくして、ゲレンデに向かう途中で、猛吹雪に見舞われた。 でも、さすがは雪に慣れたタクシー運転手。 なかなか上手いもんだ。

しっかし、凄い道であった。 雪が凍って氷になって、車がビョンビョン跳ねる(汗) 痛いのなんのって! 道からは噴水が出てるし。 多分雪を溶かすためのものだと思うけど、大阪や高知じゃ見られないね。

ホテル直前でちょいとタイヤが滑っていたけど、運転手の「よいしょ〜」というかけ声で脱出! うーん、こんなもんなのかなぁ・・・(驚)

ゲレンデは雪地獄・・・。 その日はもう夜も遅く、風呂に入ってお休みなさい。。。

明くる朝・・。

吹雪だぁ〜〜(涙) どうやって滑るよ、おい!!(汗) 気合いだ気合い!!

とりあえず、着替えて、板を借りてゲレンデへ〜〜って吹き飛ばされる〜〜(涙)

大したコースじゃない。 そう長いコースでもないし、初級コースだ。 なぜかそのゲレンデは中級がほとんどなく、その上は上級になる。 上級のほうは吹雪のためリフトが止まり、仕方なく初級で。。。

しかーし!
リフトで上まで上って、滑って降りてくるまで20分はかかった(汗) 滑らない!!

気温があまり下がっていなかったために雪質が悪く、重たくて滑らない。 原因はそれだけでは無い。 風だ。 風が滑らせてくれないのだ。

ゲレンデで、板のエッジを全く立てずに直立しても、まったく滑らないのだ。 ゲレンデの下から吹き上げてくる猛吹雪で前を向いていると顔が痛い。 目が開けられずにサングラスをすると曇って見えない。

弟はスキー、僕はスノボー、スキーにはストックというものがあり、力ずくでも進めるが、スノボーはどうにもこうにも・・・(^^; 直角降の体勢でも滑らないんだから・・・滑らないスノボーほど面白くないものは無い(涙)

苦労して、下に降り着いたときには・・・。 髪の毛が氷になっておりました(大汗)

そう言えば、リフトに乗っている時に下を見下ろしていると、スキー板が片方外れてしまい、片足で滑りながら、外れたスキー板を足にはめようとしている人を見かけました。 ちゃんとはめることができ、両足で滑り出したとき、リフトから拍手が起こりました。 奴は芸人か!?(爆)

3日目も同じような猛吹雪で・・・。

その日の午後、帰る予定だったのだが。
ここから、ハプニングは始まるのです。

雪で電車は不通。 道は超大渋滞。 あっちこっちで交通事故発生。 タクシーは一杯で連絡不可能。 言葉通り缶詰になったのである。

ツアーにしていたので、バスが迎えに来ることになっていた。 そのバスが迎えに来てくれて、飛行場まで送ってくれるという計画。 そのバスは来るのだろうか(大汗)

なんとか、バスは到着したが、ホテルの前まで上がれないと言われ、下まで歩いた。 ツルツル滑りながら。

バスに乗る直前、最高の雪景色に感動した。 ちょうど見晴らしがいい場所で、どこまでも人工物がなく、大自然の雪景色だった・・・。 思わず、寒さも忘れてシャッターをきった。 (しかし、この写真は、成人式の写真と共に、撮れていなかったのだった(大涙))

バスの出発が少し遅れた。 1家族が、どこを探しても見あたらないのだ。 5分、10分ほど遅れて、バスは出発した。

出発して、添乗員のアナウンスがあった。
「大雪で、非常に渋滞しています。 なんとか頑張って飛行機の時間に間に合わせるようにしますので、しばらくご辛抱ください。」

しかし、無情にも時間はどんどん迫ってくる。 添乗員は携帯で、飛行場などに連絡を入れている。 ずっと電話してる状態。 バスはなかなか進まない。

そして、飛行機の出航時間は来た。 僕らはバスの中だ。 添乗員は、「待ってくれ」と必死に電話している。 僕ら乗客は気が気でない。

落胆した添乗員のアナウンスがあった。。。
「残念ながら、大阪行きの飛行機は、間に合いませんでした。。。」

途端、バスの中が大騒ぎになった。 これが、冬休み中の学生だけなら、大した問題にはならなかったのだろうが、正月休みと言うことで家族連れ、平日は仕事を持つ人が多い。 明日、仕事がある人が何人もいて、さぁ大変!

乗客は全員大阪人。 添乗員は気の弱そうな人。 こりゃぁ、怖いわ・・・。

添乗員:
「大変申し訳ございませんが、郡山駅前のホテルに予約をいれますので・・・」
乗客:
「あーん!!(怒)」「なにそれー!」「困るよー」「明日着かんと困る!」「明日仕事があるんやぞ、どないかしろ!」

と、大ブーイング。 そのとき、ある乗客が声をあげて、添乗員に話をし出した。 「ホテルなんか予約しないで良いから、なんとしてでも今日中に大阪に到着する方法を考えろ!」という内容。 ごもっともだ。

乗客A:
「大阪行きの飛行機の後に、最終で東京行きの飛行機がある。 東京まで出れば、東京から大阪行きの飛行機に乗れるから、それで帰れるでしょう。 まずは東京行きの空席があるかどうかすぐ調べなさい!」

こんな内容だ。 乗客全員、反発するものはいない。 一番よい方法だ。 (なんで飛行機のダイヤグラムを知ってるんだろう・・・。 飛行機マニアか!?) なんでこんなに飛行機にこだわっているかというと、旅行会社とJALの共同のパックツアーだからだ。

しかし、東京行きの飛行機も、実はあと30分後くらいには出発する。 時間がない。 一端、ホテルを予約した郡山駅に向かいかけたが、結局飛行場へ向かうことになった。

乗客Aさんは、添乗員が頼りないことに見切りを付けて、添乗員の電話を奪って、飛行場などに直接話を付けていた。 なんともたくましい方でしょう(笑)

ようやく、飛行場に到着。 東京行きの飛行機の出発時刻は、とっくに過ぎていた。 飛行機は、当然待たせてあるものだとみんな思っている。 到着直後、みんな荷物をもち、急いで降りようとした・・・が、

添乗員:「しばらくここで待っていてください。」

うっ、この言葉、もう飛行機は出発しちゃったってことか・・・(大汗)

しばらくすると、JALの責任者っぽい人がバスに入ってきて、マイクを手に取った。

JAL責任者:
「大変申し訳ありませんが、福島の発着規定で午後9時、東京が10時ということで、東京行きの飛行機は離陸いたしました。」
乗客:
「げー!!」「おい、どうなんねん!」
JAL責任者:
「今後につきましては、郡山駅前にホテルを確保いたしました。 そちらまでこのバスでお送りさせていただきます。 なお、宿泊費は実費となっております。」

その「実費」を発した瞬間、車が大爆発した。(本気にしないでください。イメージですよ、イメージ。) そりゃもう大変だ! 僕は1日遅れになるのは許すが、実費と言われて黙ってられない。 しかし、回りの怒りは、僕の怒りを遙かに越えていた。

乗客B:
「明日、仕事があるんです。」
乗客C:
「明日から、海外旅行にいくんです!!」
添乗員:
「あらららら。。。」

この添乗員、ダメだ・・・(汗)

乗客B:
「なんとか明日の朝に着く方法を考えてください。」
乗客C:
「そうそう、明日の朝、着いたら許したる。」

そして、先ほどの乗客がまた話し出した。

乗客A:
「今からすぐ郡山駅に向かえば、まだ東京行きの新幹線があります。 なんとしてでも、今日中に東京まで私たちを送りなさい。 そして、明日早朝の大阪行きの飛行機の座席を確保しなさい。 そうすれば、明朝には大阪に着くでしょう。 まずは、東京行きの新幹線の時刻をすぐに調べなさい!! 部下を使ってすぐに調べろっ!」

しばらくして、JALの窓口担当の女の人数名が、時刻表などをもってバスに入ってきた。

時刻表を乗客に配る。 時刻表に目をやると、新幹線はまだある。 駅まで30分ほどらしいが、雪道を考えると1時間はかかりそうだという。 そして今の時刻は、最終新幹線出発時刻の1時間15分前くらい。

乗客A:
「今すぐ郡山駅にバスで向かえば間に合います。 すぐに新幹線の料金、東京でのホテルの確保と料金、東京駅からホテルまでのタクシー代、そして東京発大阪行きの飛行機の確保、すぐにお金を計算して持ってきなさい!!」
JAL責任者:
「飛行機の確保とホテルの確保は致しますが、料金の方は規定により、実費となっております。」
乗客A:
「なんでですか。 言っておきますが、あなたの言っていることは滅茶苦茶です。 私はバスが到着する事前に、旅行会社の方に電話をして、もし飛行機に間に合わないようなことがあったら困るから、そういう場合は電話をくれと連絡してあるのです。 それでも連絡はきていません。 過去にこういうことは無かったのですか!」
JAL責任者:
「ありました。 そのような場合でも実費でお願いをしております。」
乗客A:
「あったんじゃないですか! あなた達はそれじゃぁまったく学習していないんですか。 過去にあったことを何も覚えていないんじゃないですか。 最悪の事態になりそうなときは電話をくれと連絡しているのに、その電話がかかってきていなければ、こっちは信じるしかなかったんですよ。 あなたの言っていることは滅茶苦茶です。 お話になりません。 全然駄目。 あなたが責任をとれないなら、責任のとれる人をここに今すぐ連れてきなさい。 あなたでは話になりません。」

恐ろしいほどの説得力と押し。 僕も2回くらい、声を大にして、全家族の意見を聞いてまとめたりしたが、その会話には圧倒されて開いた口がふさがらなかった。 これが大阪人パワーというものだろうか・・・。 僕の、人をまとめる力を付けるための高校時代の委員長修行も、まだまだ低いレベルだ。 負けた・・・(そういう問題じゃない!) 一瞬、沈黙が続いた。。。

両親は「こりゃバスジャックだな(笑)」とか、「東京までこのバスで行ってくれたらいいのに」とか、非現実的なことを口にする。 僕は、そう言う真剣な状況下で冗談をいう人が無性に腹が立つ。

そして、添乗員、JAL責任者、乗客Aさんが、バスから降りて飛行場内に入っていった。 お金の交渉をしにいったのだろう。。。

しばし、トイレ休憩・・・。

バスの中に戻って待っていたが、なかなか乗客Aさんは戻ってこない。 無情にも緊張した時間が過ぎてゆく。 いい加減、出発しなければ新幹線にも乗ることが出来なくなってしまう。

ようやく乗客Aさん、そしてJAL責任者らがバスに戻ってきた。 結論はこうだ。

JAL責任者:
「では、今回に限り、ホテル代、交通費等はこちらで負担します。 ただいま、各家族の市給費の計算をしていますので、今しばらくお待ちください。」

その言葉を聞いて、凄い感動を覚えた。 乗客Aさん、スゲーッ(笑) お客様の勝利であった!!

まもなく全員に札束が渡され、郡山駅に直行。 何しろ、あまり知らない場所なだけに、あとどのくらいで駅に着くのかがわからない。 ドキドキの時間。

新幹線の終電の15分くらい前に、ようやく駅前に到着した。 走ったら間に合う! みんな必死だ。

慌てる添乗員。 バスの下から荷物を引っ張り出している。 一番最後に僕の荷物。 その瞬間、「ゴォゥォ〜ン」と天板が鳴り響き、添乗員が頭をぶつけて失神寸前(汗) 早く荷物を取ってくれーっ!!

荷物を持って、いざダーッッッッシュ!! しようものならスッテンコロリン。 歩道も車道も、アイスバーンで氷の世界。 ツルツル滑ってダメ。 何度も転けそうになった。 焦れば焦るほど滑るもので。。。

駅に到着。 電光掲示板の時刻表を見る・・・と?

思わぬ展開。 新幹線も雪のためにダイヤが大幅に乱れ、1時間以上の遅れが出ていたのだ。 要するに、新幹線は最後の1本ではなく、まだ後ろに4本ほど待っていた。 なーんだ、急がなくて良かったじゃん。

それでも、明日は早朝6時頃の飛行機になる。 飛行場に行く時間を考えれば、5時前には起きなければならない。 出来るだけホテルに早く着いて休みたかった。 クタクタだ。

9時過ぎの新幹線に乗り、12時前頃に東京の在来線を乗り継ぎ、タクシーに乗ってホテルへ向かい、到着したのは深夜1時を越していただろうか・・・。

それでも、携帯でホテルの場所を聞いたり、新幹線には家族みんなが乗り慣れていたこともあって、迷うことなくホテルまでたどり着き一段落。 バスに乗っていた数家族のうち、一番乗りで到着した。

ホテルに入って、弁当を食べてバッタリ眠った。。。


翌朝、まだくらいうちから身支度をし、飛行場へ向かい、受付で飛行機の搭乗券を貰って、なんとか無事に大阪まで帰ることが出来た。 もう、こんな旅行は懲り懲りだ!!(涙)








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